ワールド・ワイド・ウェブはゴミ溜めへの道をまっしぐらに突き進みつつある
つい最近までは、インターネットは「いつでも」「世界中の情報を手に入れたり」「世界中に情報を発信したり」することが出来るという夢のメディアであり、「個の時代」の幕開けの象徴だった。
ある意味、その通りになったとも言えます。
しかし実際は、実際は世界中の情報が必要だったり世界中に情報発信をしたりする必要があり、それを実現している人々や起業はまだほんの一部です。
インターネットの実際の姿。大多数の人にとっては、
「いつでも」「日本中のゴミ情報ばかりが目に付き」「実際の知人や友人よりも少ない人数に対して情報を発信したり」することに成功しているに過ぎないと思うわけで。
最近のインターネットの状況を見るにつけ、ますます「ゴミ溜め化」のスピードを増しているようにしか思えない。
そして、「個の時代」は私にとっては大いなる悩みの種。
客観性に乏しく、エビデンスを示すこともできないような事実かどうかも分からない情報がSNSや個人ブログで死ぬほど溢れている。それがgoogleの検索結果に死ぬほど出てくる。だから、ゴミ溜め。
これが「個の時代」すなわち「誰でも情報発信できる」の意味だとすれば、即座に時代を元に戻して欲しいとすら思います。
しかしもちろんこういった変化は不可逆的であることは百も承知なわけで、なんだか悶々とした鬱憤のみが蓄積する一方です。
そう、このブログもそういったゴミ溜めの中のひとかけらのゴミであり、ゴミ溜めに紛れ込んでいることによってのみ存在を許されるようなものです。
ま、極論ね。極論なんだけど、今のままだと、インターネットは決して人を幸せにはしないことだけは断言できます。今さらですが(笑)
問題は、その中で自分はどうやって子供を教育していくか、結局ソコなんですけど。
いつものごとく、結論はござーません。ゴミですからwww
宜しければクリックお願いします⇒
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しかし実際は、実際は世界中の情報が必要だったり世界中に情報発信をしたりする必要があり、それを実現している人々や起業はまだほんの一部です。
インターネットの実際の姿。大多数の人にとっては、
「いつでも」「日本中のゴミ情報ばかりが目に付き」「実際の知人や友人よりも少ない人数に対して情報を発信したり」することに成功しているに過ぎないと思うわけで。
最近のインターネットの状況を見るにつけ、ますます「ゴミ溜め化」のスピードを増しているようにしか思えない。
そして、「個の時代」は私にとっては大いなる悩みの種。
客観性に乏しく、エビデンスを示すこともできないような事実かどうかも分からない情報がSNSや個人ブログで死ぬほど溢れている。それがgoogleの検索結果に死ぬほど出てくる。だから、ゴミ溜め。
これが「個の時代」すなわち「誰でも情報発信できる」の意味だとすれば、即座に時代を元に戻して欲しいとすら思います。
しかしもちろんこういった変化は不可逆的であることは百も承知なわけで、なんだか悶々とした鬱憤のみが蓄積する一方です。
そう、このブログもそういったゴミ溜めの中のひとかけらのゴミであり、ゴミ溜めに紛れ込んでいることによってのみ存在を許されるようなものです。
ま、極論ね。極論なんだけど、今のままだと、インターネットは決して人を幸せにはしないことだけは断言できます。今さらですが(笑)
問題は、その中で自分はどうやって子供を教育していくか、結局ソコなんですけど。
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